1. オーク電気とテレビの50年
- 石神
- 本日はお忙しいところお時間いただきありがとうございます。前回来た時にチラシをお渡ししたと思うのですが(チラシを見せながら)今回「マルチメディア」というタイトルのお芝居をやるんですが、その中に電気屋さんが出てくるんです。
オーク電気さんは、私の家で前々からお世話になっているので、電気屋さんのお仕事のことや、時代の流れによって、電気屋さんのお仕事がどう変わっていったかなど、是非お話を伺いたいと思いまして。 
- 店主
- はい。あ、どうもー。(お店のお客さんを見送る)
- 石神
- まず、オーク電気さんのお名前の由来を教えていただけますか?
- 店主
- 先代の社長がここでブティックのようなものをやっていたんです。
で、その先代の社長のおじいちゃんが「柏商会」という名前でやっていたもんで、そこの柏を取って「オーク」と。 
- 石神
- あ、柏って英語でオークっていうんですね。
- 制作
- それはこの場所でやってたんですか?
- 店主
- いや、おじいちゃんの方は銀座でもやっていたみたいですよ。
で、その息子さんと先代の社長がここで電気屋を始めたんです…昭和28年かな。 - 石神
- へぇー、昭和28年。大分長いですね。
- 店主
- もう56、7年になりますね。以前は地理的にもう少し向こうだったんです。その隣の駐輪場のところにあったんですよ。
- 石神
- 昭和28年というのは、その時点から電気屋さんだった、ということですよね?
- 店主
- そうですね、オーク電気商会という名前で、テレビを売ったり修理したりして。
私は高校を卒業して、昭和32年くらいからずっと勤めていたんですが、先代が辞めることになって、後を継いだんです。 - 石神
- そうなんですか、では先代がお父様、ということではないんですね。
- 店主
- そうですね。長く勤めていたから跡を継いだんです。私が鎌倉学園を卒業したのが昭和30年なので。高校卒業してしばらくしてからは、ずっと。
- 石神
- 鎌倉学園なんですか?
- 制作
- あの、北鎌倉にある…
- 店主
- そうなんですよ。
- 石神
- お店を継いだのはいつ頃だったんですか?

- 店主
- いつだったかな…昭和50年くらいかな。私が40歳くらいのとき。
- 石神
- 1975年くらいですね。するともう、お店を継いでから35年も経ってるんですね。
- 店主
- 私がもう73になるから…
- 石神
- そうなんですか!?お若いですね。
- 石神
- では、ご出身も鎌倉なんですか?
- 店主
- いや、出身は東京の中野なんですよ。空襲で茨城県の土浦というところに疎開をしまして。霞ヶ浦の近くの。
- 石神
- 鎌倉にはいつから?
- 店主
- 中学3年の頃に引っ越してきたんです。中野から土浦に行って、空襲がおさまったので鎌倉に。
- 石神
- では15歳くらいの時からずっと鎌倉にいらっしゃるんですね。今もこちらに住んでいるんですか?
- 店主
- そうですよ。

- 石神
- オーク電気に勤める前は、違うお仕事をされてたんですか?
- 店主
- ええ、私の兄が保険の代理店みたいなことをやっていて、そこに勤めていたんですよ。横浜の方に。 でも、そういう仕事があまり向かないんで、テレビ学校に入って、東京に。
- 石神
- テレビ学校、というのがあるんですか?
- 店主
- 今でいう日本工学院(専門学校)ですね、今は蒲田にある。あそこへ行ったりなんかしていて。
- 石神
- テレビ学校というのは、どういったことを勉強するんですか?
- 店主
- あの、こういう電気のことを。最近はトランジスタとかICとかですけれど、昔は真空管でしたね。
- 制作
- みなさんテレビ学校と呼ばれていたんですか?
- 店主
- その当時は。
- 石神
- 正式な名前もテレビ学校だったんですか?
- 店主
- 確か「電子工学院」でした。
- 石神
- あぁ。でもやっぱりテレビがメインだった、ということですか?
- 店主
- テレビと…あと家庭電気製品ですね。
- 石神
- その頃は、テレビが発売されてからどのくらい経っていたんですか?もう皆さんご家庭にテレビがあったんでしょうか。

- 店主
- 昭和28年にテレビの放送が始まりましたからね。初めの頃です。
- 石神
- じゃあその頃としてはもう、最先端なんですね。
- 店主
- 昔は街頭テレビがあったんですよ。みんな街頭のテレビで見てたんです。そこの郵便局とかに置いてあって、それをみんなで見ていました。力道山がいて…。
- 石神
- じゃあやっぱりテレビに惹かれて、テレビに関するお仕事や勉強をしようと思われた、ということなんでしょうか。当時はテレビをご覧になってどう思われたんですか?
- 店主
- いや、別にどうも思わなかったですね…
- 石神
- ああ(笑)
- 店主
- まぁ、電波が絵になるってことで、興味を持ったんですが。
- 石神
- あぁ、電波が…。元々理系でいらしたんですか?
- 店主
- 理系ではないです。鎌倉学園の時は商業科と言って、そろばんを勉強したり…
- 石神
- そちらからテレビ学校に行かれて、勉強して、こちらのオーク電気さんにお勤めになった、という。その頃はどういうお仕事だったんですか?
- 店主
- テレビを直したり、洗濯機を直したり…それからあと、電気製品ですよね。コタツを直したり、色んなことをやってました。
- 石神
- 修理とか工事がメインのお仕事だったんですね。
- 店主
- そうですね、多少は売ってましたけれどね。
- 石神
- お仕事の内容って、その時から変わってますか?
- 店主
- 変わっていますね。当時は真空管で厚い板ですごく大きかったですが、最近はICだから板も薄くて、 とか、作業自体が全然変わっちゃいましたからね。
- 石神
- テレビや電気製品の技術って移り変わりが早そうですね。
- 店主
- はい、昔は白黒テレビでしたから…(白黒テレビを指さしながら)実はここにもあるんですよ。
- 石神
- え、ほんとですか?!
- 制作
- あ、ほんとだ!

- 店主
- それはね、まだ動くんですよ。
- 制作
- アナログ放送終了までは持つ、という感じですか。
- 店主
- はい。日立の1台を取っておいたんです。
- 石神
- すごい貴重なものですね。
- 制作
- その上にあるのは、真空管ラジオですか?
- 店主
- コロンビアのラジオです。ステレオかな?
- 石神
- おしゃれ!かっこいい。デザインがすごく可愛い。なんか隠れちゃっててもったいないですね(笑)。
- 店主
- で、これは蓋が付いているんですよ。この中にレコード盤が入るようになっていて。
- 制作
- レコードも入るんですか?
- 店主
- はい。SPといって回転数は78回転です。で、そのあとLPが出てきて、33回転3分の1になったんです。
- 制作
- これは街頭で使ってたんですか?
- 店主
- いや、家庭用です。
- 制作
- ああ、そうなんですね。ちなみに、このコロンビアのラジオっていつ頃の製品なんですか?
- 店主
- もう4、50年くらい前でしょうね。
- 制作
- 保存状態もよくて綺麗ですね。

- 石神
- 藤田さんのお仕事は、今も工事とか修理がメインなんですか?
- 店主
- 私はもうやってないです。今はうちの息子がやってます。テレビ売ってアンテナを取り付けたり、エアコンを売って取り付けをやったり。あとは冷蔵庫売ったり、洗濯機売ったり、まあ家電製品全般ですね。
- 石神
- じゃあ、仕事そのものは同じだけれども、扱う商品が昔と変わっているんでしょうか。
- 店主
- そうですね。パソコンが出てきたり、液晶テレビが出てきたり。前はブラウン管でしたが、液晶パネルになっちゃったり。エアコンでも色々な機能が付くようになりましたし。冷蔵庫も消費電力が少なくなって。
- 石神
- そういった新しい技術や変化はご自身で勉強されるんですか?
- 店主
- 自然に、現場で勉強っていう感じですね。前は真空管だったから、中の抵抗を交換して直したりしたけど、今は基板をそっくり変えちゃったりするからね。

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